禅とはおもろい生き方

この記事は3分で読めます

禅とアウトドアの関係は?

 

と思っていたところ、

 

 

禅(Zen)に関する鼎談を聞く

機会がありました。

 

 

パネリストは、

英語で座禅を指導してきた

曹洞宗国際センター 藤田一照さん。

 

 

日本の禅宗を代表して

前ローマ法王に謁見した

臨済宗僧侶 松山大耕さん。

 

 

スカイマーク代表取締役 

佐山展生さん

 

でした。

 

 

禅とは おもろい 生き方

 

…と話をされていました。

 

 

私なりに理解したのは、

 

 

私欲から離れ、

世の人の身も心も踊らすような

前のめり感が、

 

「おもろい」ことだと …(^_^;)…

 

東京人ながら(ごめんなさい!)、

勝手に解釈させて頂きました。

 

 

人の共感を伴い、

行動を促すような生き方が

禅的なのだ。

 

 

と思いました。

 

 

外からの価値基準で

あーでも、こーでもないと、

考えるのでなく、

 

 

体験や身体を動かすうちに

心の深いところから湧き上がるものを

大切しよう!

 

 

という話でした。

 

…未消化ですが

…(^_^;)

 

 

 

人生の浮き沈みを楽しめるサーファー

 

 

波に乗るスキルを身につければ

人生の荒波も楽しめる!

 

という、

例え話がありました。

 

 

 

私なりに解釈すれば…

 

 

波には二面性がある。

 

 

不安と喜び、登りと下り、好調と不調…

 

 

良い時なりに、悪い時なりに、

身の処し方が判っていれば、

 

 

登りも下りも楽しめる!

 

 

波に恵まれない時も

沖を見ながらパドルして

ポジションを調整していれば、

 

 

波が来たとき

ライバルに先んじて

テイクオフできると。

 

 

そのプロセス全てを

楽しみなさい!

 

 

ということか。

 

 

登山にも登りと下りがあります。

 

一歩、一歩、

鳥の声を聴き、

土の感触を味わい

登山道を登っていく。

 

 

身体がきつくなる頃、

高山植物のお花や風に慰められる。

 

森林限界を超えて稜線にたどり着くと

いっきにパノラマが広がる。

 

登山を通じて、色々、感じて、

過程全体を味わい、楽しむ。

 

 

自分独自のものを見つけること

 

 

海外でも禅の関心は高いそうだ。

 

 

知的関心の高い彼らは

自らの「答え」を求めて

禅セミナーに押し寄せる。

 

空欄になっている

自分の「TO DO LIST 」を

うめようとするのだが、

 

セミナーに「答え」はない。

 

 

そして、

また違うセミナーへ行く人が多いそうだ。

 

 

禅は

 

 

外側のものでなく、

探すものでなく、

 

自発的で、創造性にあふれた、

生きる態度なのだ。

 

 

藤田一照さんは

話されていました。

 

 

 

だから…

 

 

「おもろく」生きるのを

楽しむ態度なのかと

 

思いました。

 

 

 

 

どこまで楽しむのか?

 

 

鼎談での話。

 

若い頃、座禅三昧の毎日を過ごした

哲学者の西田幾多郎は、

 

「呼吸を楽しむだけでも幸せ」と

言っていたそうです。

 

最後の息まで楽しければ…

この世はパラダイス!

(これは誰の言葉か判らないのですが)

 

と話されていました。

 

 

ここまで突き詰めるのかと

驚きました。

 

 

自らの分をわきまえて、

分相応のところで満足する「知足」も

必要な心構えなのだなと思いました。

 

 

 

禅(Zen)は自ら体験するもので、

他者に対して説明するものでない。

 

と言われています。

 

 

自然と関わり、

その体験を通じて日々を楽しみ、

 

 

自らの創造性を更に高めて、

成長して行けたら良いなと。

 

 

 

そんな感じで行こうと思います。

 

 

(禅を学んだり、座禅も組んだことない者の駄文をお読み頂き、ありがとうございます。)

 

お感じになったことなど、コメント頂ければ幸甚に存じます。

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。